J's TAP STUDIO 伊勢純子 タップダンススタジオ

名古屋市中区錦一丁目15-13 佐久間ビル2F
http://www.ise-phill-tap.com    TEL 052-323-2568    FAX 052-323-2568 
 
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Chapter8

国連(JC)ボランティア卒業記念

[男ばかり10名でTAPをやりたいんです。」 「3ヶ月でステージに立ちたいんです。」
「ボランティア組織の卒業式の送る会で踊りたいんです。」
”ナヌーッ!”
「何の曲がやりたいんですか?] 「決まっていないです。」 「何も決まっていない。」 「白紙です。」 「でも”ZATOICHI”は観ました。」 「ミュージカル映画も観ました。」

本番までに12回のレッスン

「なんとしてもTAPしかないんです。」 「ぜひ・・・・ぜひ・・・」 「・・・・まぁ なんとか成るでしょう。」
レッスン場になる公民館にまず集合。タップシューズのタの字もない。でも方々からCDが集まってきた。
片や日本列島「ZATOICHI」真っ盛りだった。 たけしさんの素晴らしい感性で実現したCDは全てステージで使えるものばかり。

この辺りから戦いが始まった。

ほうき、ちりとり、金だらい、スリッパ、おはし、公民館にある、ありったけの家庭用品と、こちらから持っていったドラムスティックで次々とアイデアが持ち出された。
あけてみて驚いた。全員が社長さんであり企業の2代目さん。1を知れば10を知る、打てば響く、花の30代の方達ばかり。
経済人の集まりであるJCの方達、私の知識不足であった。12回しかなければ1回3時間でがんばらねば・・・。
足並みそろえて猛特訓!


結局、曲はー卒業生へのメッセージ性から The ALFFE の”太陽は沈まない”に落ち着いた。
レッスン日3回目にようやくTAPシューズが全員に手渡されて。それShim−Shamだ、それWalz Clog−と・・・。
後はジダンダ系のHIP系ばかりで振付はいざ開始。

振付は日本語フレーズとして採用するか、譜面上でフレーズを整理するか。
議論はあったが、結局皆さんのたっての願いで後者に決まる。
打てば響き、礼儀正しく、1を知れば10を知る聡明さ、爽やかさーー。
近年にない、爽やかな気分での仕事をさせていただいた。

ある時「2曲目もやりたいんですが・・・」と声がかかったが中盤に入って、ステージで表現することが並大抵ではないことをわかって下さり ”The ALFFE”一本にしぼっていざ猛特訓!!

リハーサル1回目ー「頭が真っ白になってしまって・・・。」
リハーサル2回目ー私も参加。劇場ではない会場での100名の全員仲間の方達の観客。
十文字に並べられた立派な椅子。低めのステージ。上半身のみ目立つ客席もある。

TAPシューズをはいて 27時間目でTAP DANCEを踊らなければ効果はゼロとなることになる悪条件となった。 もう1回レッスン日を追加して猛特訓。
ビデオに撮ってダメだしー、  ビデオを撮ってダメだし。

音響・照明のかたの力を借りて時間の許す限り"通し"を繰り返した。我々の公演もそうだが、行事の全てを寸分たがわず進行しながら自らの出演であるから、並大抵の緊張ではなかったようだ。しかし最後は、バチっと決まり、やや「安心」という皆さんの笑顔が印象的だった。

いよいよ本番。
4時間にわたる卒業行事。経済人の集まりであるこの素晴らしい団体は、花の30代の青年達の人生を豊かなものにしてゆく様だ。
リハーサル、本番と各4時間にわたる行事も参加させてもらい、私の人生も少しほんわかと温まった様な気がする。
9人のうさぎ達は皆、めを真っ赤にして涙をためて成功を喜び合った。

紅白の幕で仕切られた楽屋でしゃくりあげてないている人がいて、一瞬何故?と思ったが次々と皆集まってきて来られ、成功を喜び合い握手をしあった。ふと見ると、皆さん全員が目を赤くして涙が浮かんでいる。

こんなに こんなに純粋に喜んでもらえる仕事をさせていただき感謝感謝であった。

この様な感性豊かな精神の持ち主のみなさんだからこそ事業を立ち上げ、社会で活躍しておられるのだろう。
この様な人たちの家庭では感性豊かな良い子達が育っていくのだろう。事実皆さんそうであった。

定例会の後、改めて打ち上げに招待いただき、めちゃ楽しいひと時を過ごさせてもらう。
上役の方達と我仲間うさぎちゃん達はたがいに尊敬し合い、本根で心から楽しそうにしておられる様子を見てー。
こんなに心温まる人間同士のふれあいの場が今の時代にもあることを知り本当に感動的だった。
私の好きな焼酎のビール割りが流行したシーンもあった。


2次会の苦手な私は駅まで送ってくださる前田さんと最後の挨拶をしたつもりだった。この町の地理が明るくない私がおろされたところはステキな”JAZZ BAR”だった。皆さん二度目を出迎えてくださり仲間の中には17代目、12代目の方も居られ、または一代で30代半ばにして事業を立ち上げられた方など、My history に花が咲いた。「来週の日曜日も6時にお迎えに来ます。」というセリフで別れを告げていた。

皆さんの家族の方達の協力を得ながらの、この素晴らしい慈善事業がますます世界中で続き社会を明るく照らしてくださいますように・・・。
ちなみに30代の方達を中心にJC活動が行われ40歳の方達はJCを卒業されOBとなられる。

この間5年〜10年の間の家庭を守る奥様や小さな子供達の明るい協力があってこその活動であり、この苦労をしながらの10年であるからこそ感性豊かなお子様達に育っていかれるように思える。
今の目を覆うような事件が頻発している中、日本の教育の見直しが叫ばれている。
大人も子供も一緒になって何かを通して(TAPなどの趣味でも良いと思う)活動してゆくことは戦争のない平和な国を創っていくことにもなると思われる。

JCの皆さん本当にありがとうございます。